夢いっぱいだった新人看護師時代

nayami

4月に就職して、そろそろ1か月。

想像と現実の違いに、うんざり・・・

そんな、新入社員の方も多いのではないでしょうか?

辛い思いをしている新人看護師の方に、

他人の体験談が何かのお役に立てればという想いで、

約18年前の私の新人時代を振り返ってみたいと思います。

 

ナースキャップを外せ!

最初に就職した職場は、総合病院でした。

 

20人以上の新人看護師が入職したと記憶してるんですが、

私が配属された病棟には、私1人だけが配属されました。

他の病棟には2~3人ずつ配属されたんですけどね。

切なかったな。

1週間ほどの全体オリエンテーションを終えて、

配属先の病院に行った私に、師長は(当時は婦長です)

 

「まだ、看護婦として一人前じゃないから、

ナースキャップを取りなさい。

2週間はヘルパーさんについて、仕事を教えてもらいなさい」

 

と言われました。

当時は、まだ多くの病院で

ナースキャップも看護師の制服のうちでした。

ナースキャップに対する憧れもありました。

 

それでも、素直だった私は、

特に腹が立ったり、悲しくなったりすることもなく、

そんなもんなのかなと、従いました。

 

それからの、ヘルパーさんにくっついて仕事を教えてもらう

2週間は楽しかったです。

ヘルパーさんは母のような年齢の方が多かったですし、

優しく指導してもらいましたので。

 

その時に指導してもらった仕事というのは、

シーツ交換や、おむつ交換、

尿の破棄や、吸引器の洗浄と設置

その他、器具の洗浄、他部署への物品の搬送などです。

 

器具の扱いや、

他の部署などに行って院内の構造を知ること

基本を学ばせるために、

師長はその仕事を命じたのだと思います。

 

ただ、そうしている2週間に、

看護部長や他の病棟に配属された同期から、

「なんでキャップかぶってないの?」と

聞かれたときには、

「あれ、私だけ・・・?」

と、悲しかったですけどね。

 

しかし、

今から思うと、キャップも制服のうちなのに、

それを付けていないということは、

身だしなみが整ってないことにもなりますね。

 

やっと、ナースキャップ着用を許される

2週間のヘルパーさん研修を終え、

 

いよいよ、ナースキャップ着用の許可が出ました。

そうなると、最初に言われた

「一人前じゃないから、ナースキャップを外しなさい」

という言葉は、何だったの?っていう気にもなりましたが、

おそらく、

「ヘルパー業務を教えてもらう間は、

ヘルパーさんとしてキャップを外しなさい」

という意味だったんでしょうね。

伝わってませんでした、私には。

 

さて、そこからどんな毎日が始まったかというと、

点滴のミキシング、吸入、

口腔ケア、目清拭、褥瘡処置・・・

受け持ちではなくフリーが担当する仕事を、

その日のフリーの看護師に指導をしてもらいながら、

実施していくというものでした。

 

プリセプター制度もあったので、

担当の指導者は決まっていたのですが、

ほとんど勤務の都合で会うことはありませんでした。

 

よくある話ですが、

毎日、指導者が違うと「なんでそんなやり方やってるの」

と言われたりします。

多くの先輩は

「私はこうするけど、プリセプターのやり方でやってくれたらいいからね」

と、柔軟に指導してくださいました。

ただ、中には病室から

「ちょっと、これやったん誰―!!」と怒鳴る先輩もいました。

 

こういうの、よくある話しみたいで、

看護師同士で話していると「そんなん、ようおるー」と

共感されます。

 

話を戻しますが、この時点で4月も3週目まできています。

別の病院に勤務している友人からは、

「こんな処置をした」とか、「受け持ちをした」とか

いろんな業務にかかわった話を聞いていたので、

多少、焦りもありました。

焦ることなんてないんですけどね。

そんな時期の差なんて、

1年もたてば、全く関係なくなります。

 

愛のムチ!?師長の課外授業

看護師業務の指導が始まった3週目からは、

 

17時までは、その日のフリー担当に指導してもらい

15分ほどの休憩をはさんで、師長からマンツーマンで、

メインの点滴の側管から抗生剤などを点滴するという

指導をしてもらいました。

 

この指導方法は、この時代にはないですよね。

今は最初は、

とにかく17時(就業時間内)で仕事は終わるように指導すること

と言われることが多いと思います。

ですが、当時

少なくとも、私の周りでは残業は当たり前でした。

 

その時の私としても、

残業するほど、仕事をさせてもらっているということが

嬉しくもありました。

 

でも、徐々に心が疲れて行ってしまったんです。

 

決意のゴールデンウイーク

どうして、心が疲れて行ったのかというと、

 

日々の指導者と合わなかったということにつきます。

 

新たな看護業務を指導してもらうためには、

自己学習してきて、それが合格となれば、

実際に指導してもらえる・・・という流れだったのですが、

自己学習の合格がことごとくもらえず、

先に進めませんでした。

今思うと、自己学習も甘かったなとは思いますが、

その時には残業してから帰って、勉強して

頑張っているつもりなのに

「あかーん、やり直し」

で、却下。

せめて、「どこをやり直しておいで」とか

「ここをもっと調べてきて」とか言ってもらえれば

やる気が持続したんじゃないかなー・・・なんてな。

それと、単純に業務中、毎日怒られるということに疲れた

という2点です。

 

そんなわけで、

心身共に疲れ果てたころにゴールデンウイークを迎え、

「もう、無理やな」

という気持ちになっちゃったんですねー。

よくある感じで、仕事に行くときには、

吐き気と下痢に悩まされてましたし。

 

でも、「一生ここで働くぞ」みたいな気持ちで

就職していましたし、

ここを辞めたら、

看護師としてもう働き口がないんじゃないかとか

技術を身につけられずに辞めるなんて、

自分はダメな人間だなとか、

色々思い悩みました。

 

ですが結局、辞めることにしました。

「こんなに辛いから辞めよう。

将来、今の痛みを忘れて、続けたらよかったとかは、

絶対思わないようにしよう」

と決意して、

ある朝、師長に辞めると言いました。

その後、老人施設で働いたりしましたが、

次の年から、別の病院に再就職し、

普通に看護師として病棟で働いていました。

 

続けるに越したことはないけれど

継続するって大変なことです。

 

長く同じ職場で働いている人の事は、尊敬しています。

ですが、

合う合わないもあります。

新しい環境になじんだり、新しい仕事を覚えるのに

努力も必要です。

できるだけのことをやって、頑張っているのに

どうしてもだめだったら、別の道もある。

自分を責めて、辛くなっている人は、

周りが見えなくなるので、

どうか別の道もあることに気付いてほしいなと思います。

 

 

ま、近頃、指導者側の友人からよく聞くのは、

権利意識の強すぎる新人の話なんですけどねー